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ART-SCHOOLの「ecole」と映画「ecole」が紡ぐ少女の物語について

ART-SCHOOL

この前の木下理樹生誕祭行ってから、ART-SCHOOL好きに拍車がかかり、もっと掘り下げたいと思って悶々としていた。そんな時、あるTwitterの投稿で「オススメの少女映画」なるものがあり、見てみるとその中の一作品に「ecole」の文字が。

まさかAnesthesiaの一曲目の「ecole」って、少女映画が元ネタなのか....!?ART-SCHOOLって曲名を映画の題から借りてるのもあるらしいし、ecoleもそうなのかもしれない。そこで、新たな扉を開いてしまうのではとドキドキしながら、ecoleを、鑑賞いたしました。

まずジャケットが、深い緑色の森を背景に、白いプリーツスカートを履いた女の子の後ろ姿(上半身は見切れてる)っていう、この狙ってる感からしてヤバめ。
 
見終わって、これはヤベエエエエって頭抱えてしまった。ART-SCHOOLの美しいフィクションの世界が好きな方は、もう見ていただきたい。そしてフェチズムと背徳感で狂おしくなっていただきたい。
 
じわじわと甘美で美しい純真無垢な世界に一度殺されてしまう。そして明日も生きようと思う。再生する。まさにART-SCHOOLの言葉を借りると「ロリータキルズミー」でした。
 
旅立つ寸前の、柔らかで真っ白な真綿のような少女の純真さが、静かな森の中の学校(=ecole)という舞台で描かれている。「少女の成長」が、邪気を排して美しく映像に仕上がってる。故に、時にあざとい。出てくる女の子たちが、少しずつ年齢が違ってるところにドキドキする。こうやって成長して、大人になっていくんだと。秘密の花園ってここかもしれない...と本気で思った。
 
ART-SCHOOLの「ecole」は、映画「ecole」の続きみたいだ。「導かれて僕らは今 知りたくもない答えをしる」「痩せこけた顔の天使たち 粉々にされた純真さ」といったフレーズは、かつて美しくあったものが、くたびれて汚れていくことへの嘆きを想像させる。
 
映画の少女たちが成長し、女性という記号を背負わされて生きていく未来に、何が待ち受けているのか。「僕」に出会った少女たちは、どんな未来を歩むのか。その未来を歌った曲が「ecole」のように聞こえる。
 
「ecoleでも僕ら ecole何処に向かえばいいんだ」という結末は悲劇的だ。だが一方で、二人で彷徨うことは陶酔でもある。 純真無垢であった少女たちは、新たな喜びや幸せを手に、「僕」との二人だけの世界へ飛び立っていくのだ。