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anonymoUS

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「透明」という歌詞から見るBUMP OF CHICKEN

鉄棒が得意だったけど よく慣れた技を舐めてかかり 後ろ向きに頭から落ちた 飛行船が見えた昼休み

ずっと平気なふりに頼って 嘘か本音か解らなくて もっと上手に生きていましたか 飛行船が見えた頃の事

(透明飛行船 by BUMP OF CHICKEN)

BUMP OF CHICKENは「透明」と「飛行船」という言葉を組み合わせて、何を描いているのか。

透明とは「そこに存在するけど見えない」という状態。飛行船とは「幼い頃は感動するもの」の例え、ではないかと思う。つまり透明飛行船の意味するものとは「知覚できなくなった童心」ではないだろうか。

大人になるにつれて感動したり心がグッとくることは減ってゆく。そして解決できない煩わしいことや辛いことがたくさん降りかかってくる。そんな時、昔の自分の方が「もっと上手に生きていた」 と思える瞬間が訪れる。ここで主人公が立ち返るのは飛行船が見えた頃の自分だ。言い換えれば、飛行船が「透明ではなかった」頃の自分である。そして立ち止まってしまう。

『飛行船が見えた自分が持っていたものは?大きくなるにつれて失くしたものは?』

主人公は得意が苦手になったとき取り繕って笑った。その一方で、帰り道一人こっそり泣いた。宮田公園で一人こっそり泣くという行為は、平気なふりに頼らない、強がらないという生き方の比喩であり、自分の気持ちに嘘をつかない、真っ直ぐな生き方のことだろう。

この悲しみをさらけ出す、弱い自分になる、自分の気持ちに正直になる、という行為こそが失われてしまったものの一つだ。わりと重要なスキルを身につけてしまったが故に縛られ、苦しくなるという、処世への不信・不適合が窺える。上手に生きるために身につけたはずの、多岐に渉り効果示すはずの方法が自分には万能ではなかったと気づいてしまったのだから。

透明飛行船とは、過去の感覚を取り戻せば見えるようになるかもしれないものであり、また以前と同じように心がグッとくる感覚を思い出させてくれる存在である。言うなれば「夕焼け空を綺麗だと思う感覚」を思い出させてくれる存在である。

と同時に、飛行船が見えた頃の自分にまで記憶を巻き戻し、回想を通して昔の自分と対峙するきっかけを与える存在である。そして、生きていく上で取りこぼしてきた様々なものを思い出させるものである。透明飛行船それ自体がその一つであるように。

近年のBUMP OF CHICKENの楽曲に「透明」という歌詞が印象的な別の曲がある。ご察しの通り、rayだ。

君といた時は見えた 今は見えなくなった 透明な彗星をぼんやりと でもそれだけ探している

(ray by BUMP OF CHICKEN)

彗星も飛行船も、見上げた空に見つけたらハッとする。だけど、その感動は大人になるにつれて薄れて、いずれ彗星や飛行船の存在にさえ気付かなくなる。そして、柔らかい心は大人になるにつれてボロボロになり、生きることが下手になる。モチーフは違えど、両者に流れる感覚は過去・現在・未来を往来するノスタルジックなものだ。

大人になるということへの喪失感や不適合感。これらに向けてrayが、BUMP OF CHICKENが、藤原基央が導き出した言葉は「あの透明な彗星は 透明だからなくならない」だった。透明であるからこそ、そこに「在る」と思い出せた時は、いつでも色や形を与えられるのだ。 そして見えなかった飛行船は見えるようになるかもしれないし、探していた彗星は見つかるかもしれない。

彗星や飛行船は、誰かに見つけられなくなっても存在し続ける。「透明」である理由は、大きくなったあなたに、また見つけてもらうためだろう。